ねむけにたえる

連続的でシンクロニシティな日常。

ゆるやかでおだやかな

仕事終わりや休みの日、別にお腹が減ってるわけでなくても外食したくなるのは何故か考えた。

多分サービスを提供されたいからである。あと脱水。

私の仕事は一種サービス業だと思うので、身体的にも精神的にもこちらが何かをしてさしあげることが多い。それが嫌とかそういう話ではないんだけど。

仕事終わりは脱水で塩分も水分も足りてなくてとにかくしょっぱいものが食べたくなるし、休みの日はせっかくのお休みなのに!もったいない!となり、むりくり外に出てはどっかしら入ってしまう。

それだけ日々の暮らしの中心が仕事になってしまっていることに愕然とした。悲しい。

そういう仕事なんだからしょうがないのに、それと同等のものを他サービスに求めていたらそりゃそうなりますよね〜。出費出費出費。

自分の財力に見合った出費でないことに気づいてとどまれないものか。そこでまた気づくのが外食が自分にとって労いやご褒美であること。そうしなきゃやってられないってなかなかやばいのでは?

歌うように踊るように働いてるつもりでいたけど、それを凌駕するキツさってことだ。ケアが必要。私自身の。メンテナンス。

 

3月は予定つめこまないようにしてたら、相変わらず外食したい気持ちはあるけど家でご飯作って食べることも増えた。春ぶりくらいのお弁当持参率です。穏やかに過ごせてていいなと思う反面、これはゆるやかな抑うつなのではとも思う。

なにかが満たされるとまた違うなにかが気になってしまいがちで、自分で望んで予定つめこんでないのに寝る前にそもそも友達少ないなとか寂しいっちゃ寂しいなとか誰かに会いたいけど誰にも会いたくないなとか怖くなっちゃったりすることもある。こういう状況に任せるみたいなことができないのが私の弱さなんだろうな。セルフ脅し。

 

まてよまてよ。心が穏やか〜とか言いながら思い返せば私はこの数週間で肌はボロボロになったし毛先を金髪にしてたし人にも会いたくなかったし仕事中に悔しくて泣いたりもしてた。どこが穏やかやね〜ん。春に騙されすぎだろ〜。波うってるや〜ん。

となりに森山未来、いてほしい。

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