ねむけにたえる

連続的でシンクロニシティな日常。

変わらないあなたのままでフルスイング

バス停で49分発のを待ってたら向こうから走ってきた少女が引き連れてきた風が私のワンピースをふわりと揺らしたのでドキッとした。

 

やわらかいものにドキッとさせられることはよくあるけど ドキッって想像してた以上に鋭角なのだなと気づく。

加えて言うなら少女の走りはワンピースを揺らした風よりももっと一瞬で爽やかで青くて ドキッとは違う種類だけどこれも鋭角だなとも思った。

 

少女風ドキッ

鋭角ふわり鋭角

 

忙しさを言い訳に鈍感にならず、いつまでもこういう気持ちの揺れとか気づきをちょろちょろ見つめ直せればいいなと思います。

 

*

明日も働くお姉さんです。

上の、タイトル決まらなかったから下書きに保存してたやつだけど後から読むとやっぱ恥ずかしいので即あげるべきでした。今日のタイトルは今聴いてたモーモールルギャバンでスシェンコ・トロブリスキーより。

 

小指を立てないとバランスがとれない

やっ⌒°⌒

ドタバタと日々を過ごして気がつけば5月も残り10日。5月病にかかる暇もなかったなあ。

私的に雨が降ってじっとりしてて祝日が1日もない6月の方が辛くなっちゃうんじゃない?っていつも思うんですけど6月病ってあるのかしらね。

 

私は8月の終わりに毎年夏の終わり病にかかるんですけど(脳内再生が森山直太朗夏の終わりかandymoriすごい速さの二択になる)職場にいると季節がわからなくなりがちです。相変わらず季節に敏感にいたい。

 

社会人になった実感がいまだに全然湧いてなかったけれど、すでに2回もお給料日を迎えていてもっとちゃんと勉強しなきゃですね〜。

仕事は良いことも悪いこともドミノみたいで一つうまくいくとそのあともたたたーんっとうまくいったりするんですけど、一回つまづくと他のことも回らなくなったりして面白いなあと思います。多重課題の連続だからメモとったり口に出したりしないとやってられなくて独り言がめちゃくちゃ増えました。

独り言に妙な音階がついてるので先輩から歌ってるのかと思ったと言われます( ◜◒◝ )

 

 

とりあえずしんどいなりに元気です、ふぁいやっ⌒°⌒

 

君住む街へひとっ飛び

(またしても下書き消費です。書きかけが""でその後が今書いてます。)

 

"やわらかいには2つある

1つはベールに包まれたようなふんわりとしたもの

もう1つはつるっとぽわんと跳ね返せるようなもの"

 

と、まあここまで書いてあってその時は自分はこっちのやわらかいでありたい とか思ってた気がするんですけど どっちも大切ですよね〜。

包まなくていいものまで取り込んでも辛くなっちゃったりするし。 

 

"自分のことを棚にあげてしまいがちだけど、ぽいぽい放りこまれて棚の上はもういっぱいなのに、降りることもできない私はどうすればいいの。落ちてきたときにはぼた餅になっているのかね。"

 

美味しく落ちてきたらいいのにね。崩れて収集つかなくなるパターンが多いです。あっぷあっぷです。

 

"夜の予定まで引越しの準備をちゃんとしよう、と思っていたのに寒くて動き出せず〜。
昨日の夜砂抜きしたあさりが、朝新聞紙をとったらびゅーっと吹き出して生きておられる!ってなって1番命をいただいているのを実感するものだなあと思いました。酒蒸しった。ごちそうさまでした。"

 

酒蒸し。美味しかった。ご飯を食べることが1番生を感じる。だからご飯の歌が好きだし美味しいものを食べるのも好きだ。でも今日は抹茶フラペチーノと麦茶しか摂取してないのでよくない。朝まで飲んでてお腹すいてなかったんだからいいっちゃいいんだけど。チョイスがね。

白餡のおまんじゅうと日本酒の組み合わせは最高だと昨日教えてもらった。いつかやってみたい。

 

今日は1人で奥山由之さんの君の住む街展に行って夜は短し歩けよ乙女も観た。

写真展の会場が六本木ヒルズだと思い込んで現地まで行ってしまってから表参道ヒルズだと気付いた。ちくせう。とてもよかった。写真集買った。

夜は短し歩けよ乙女は中学生の時この本で読書感想文を書いたけど詳しい内容は覚えてなくて、でも台詞回しとかキャラクターとかおともだちパンチのキャッチーさに心躍らせた中学生の自分が蘇った。途中でちょっと寝ちゃったけど。

帰り道は夜道をザクザクと進んでいく乙女のように腕をブンブンふりながら歩いた。なんか強くなった気がした。新居の最寄駅、今までも使っていた駅だったのに夜はヤンキーがたむろする街だなんて知らなかった。

 

自分で前に書いた""を見ると恥ずかしくてしゃあないのに よくもまあスラスラ書けますよね。更新してなくても閲覧数が増えててちょっと怖いです。読んでくれてありがとうございます。おやすみなさい。

来世はアイドル

昨年のミスidのキャッチコピーは

『わたしはこの星で生き残る。』

で、その後にはこんな文章が続いていました。(一部抜粋)

「アイドルってなんだろう。

たとえば、いつも同じ電車で本を読んでるあの子。
たとえば、朝、駅のカフェでコーヒーを淹れてくれるあの子。
たとえば、ネットのなかで毎晩戦っている知らないあの子。
たとえば、転んでも転んでも立ち上がるフィギュアスケートのあの子。

歌って踊れなくてもいい。
誰かの明日を元気にできれば、
それはもう誰かのアイドル。」

 

 

ここから先でいうところの「アイドル」は、歌って踊ってかわいい衣装を着たり かっこよく煌びやかな「アイドル」ではなく、私にとっての「アイドル」の話です。どちらかというと本来の偶像崇拝的なことです。

 

3月末日、1年ちょっとぶりにお付き合いしていた人と会いました。

この時点で私の中で彼に対する恋愛感情は本当に無いのですが、別れてからも彼のことはずっと気になるし まあ顔は拝みたいし(もうこういう感覚)長ったらしくめんどくさい話も聞きたくてしょうがないのです。んで、どうせ会えるならちょっとでも可愛くしていきたいし可愛いと思われたいわけです。

 

人に話すと まだひきずってるんだね...とかまだ好きなんだね...とか言われてしまうし、自分でもそういうことなのか?と思っていましたが、先日会ってこれはもしやと思ったのでこのブログを書いています。

 

久しぶりに会った彼は髪が当時よりも短くなっていて話は相変わらずまどろっこしくて、正直タイプ度が上がっていてたまりませんでした。

そんな彼の話の中に偶像崇拝についてがあって、好きな人と自分の中での好きな人は違う とか その像が崩れることへの恐怖とか。

彼には私と付き合う前から出会う前から女神的に好きな女の子がいてそれはもう変わらなくて 私もそれを承知で付き合ってたんですけど、今でもその感情は変わってないと聞いて私はすごく嬉しかったんですよ。

私にとっての像が崩れてなかったから。

彼は彼で、その女の子は既に偶像として出来上がってしまっていてその像が崩れるのが怖いと。

変わってなくて嬉しいと伝えたら そういうクレイジーさが惹かれあったところなんだと思う と言われました。(クレイジーな自覚あるんだな)

 

普段の自分は固定観念で人を捉えるのは好きじゃないし失礼だし、なるべくそうならないようにしているけど 彼だけはそういう意味で特別なのかもしれません。そういう意味で私にとってアイドルみたいな人なんです。

なんかそう思うと色々としっくりきて、まず見た目が好きだし思想が好きだし苦しんでるところが好きだし アイドルなんだとしたらそりゃ可愛いと思われたいしこっちに注目してほしくなりますよね。

で、彼の中にも偶像の私がいてそれが崩れるのを恐れてらっしゃるんですよ。なんだ私アイドルだったのかと。

 

1200字を超えたこのブログを読んでる皆さんがはあ?って顔しているのはわかっています。でも先にお伝えした通りこれは私にとっての「アイドル」の話です。

 

酔っ払った私の電話での対応を、自分の中でアイドル的な人が うまいなと思った とか言ってくれるんですよ。私にとってあざといは褒め言葉なんですけど、是即ちそういうことなんですよ。

そして、恋愛でないからこそ理想をお互いに押し付けあえる。はたから見たら私ただの超怖い女なんですけど、でもそういうことなんです。

 

あーりんがあーりんで居てくれること、みたいな。それはかなりの過大評価だけど。

 

さて、長くなりましたね。21にもなってこんな独特の感情だけ育って。恋愛もしたいね。好きで溢れがちだけど、最近はそのエネルギーも仕事にもっていかれてたりするよ。来世はピンクキラキラ歌うアイドルになりたいな。おやすみなさい。

 

ポップな女になりたい

カネコアヤノ、阿佐ヶ谷zamzaでのライブCDをポップなおんなが聴きたくて買った。

YUKIとかオザケンとか靖子ちゃんとか欲しいCDはたくさんあるけどキリがないので後回しにしがち。未だにbumpのライブDVDも買ってないです〜。

 

ゲイリーがいつでも行けると思うなよ会えると思うなよ的なことを言っててそうだよなと思うけどむんむん。

 

社会人になって1週間が経ちました。自覚がなくて去年から働いてる友人と昨日会って猛烈に反省しました。自己研鑽ね、しなきゃね。

 

 

肯定的な気持ちや感謝はなるべく素直に伝えようと思っている人間だけれど、それが原因で最近身近な人たちの関係が崩れた。そこ恋愛と直結しなきゃいけないのかしら?すぐに思わせぶり、になってしまうのかしら?軽い、になってしまうのかしら?

 好きは簡単に言っちゃいけないのに嫌いは共有しようだなんてそんなの悲しいよ〜

 

明日からもふらりとがんばります。

そっちはどうだうまくやってるか

瞬間日記ってアプリから高校生の時の日記が出てきてアプリを消したいけど内容は残したいからこちらに。大体変わってないな。

と思いましたが載せるには量が膨大だったのでやめておきます。

高3の時に猫を拾ってそこからつけてたものでした。5日間しかいなかったけど。動物苦手で触るのもあんまり得意じゃないんだけど、よく連れて帰ろうと思ったよなあ。

 

いや、パソコンのデータすぐ飛ぶからな。とりあえず小出しに載せていこうかな。猫がやってきてからいなくなるまで。

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オチのない僕の話も ねえ最後まできいてよ

やあ⌒°⌒

3月も2/3が過ぎようとしております。

こわいようこわいよう。

 

基本的にちゃらんぽらんの脳内お花畑して生きているつもりですが、苦手なことやひっかかることがたくさんあって 先週の今頃は言葉や空気や光、表情やにおいから春を感じてうきうきるんるんだったのに まあその分の反動もあるんですけど ぺちゃんこになってしまって2日間くらい身動きがとれませんでした。

貴重な休みが〜( ತಎತ) 

 

私は『みえないちから』を肯定的に信じていたいなあと思っていて、その中でも言葉や表情は自分たちで作り出せるものじゃないですか。

だから、好きな人と話してる時はできるだけ優しい言葉を使ったり柔らかい表情でいたいし、ましてや3年間を締めくくる卒業旅行で今更学校の嫌いな人や苦手な人の悪口なんて聞きたくないのです。

 

3年間の学校生活は今までの学生生活に比べたらのびのびとふらふらと色んな人とグループじゃなくて個人の繋がりができて自分的には満足していたんですけど、卒業旅行となるとやっぱりグループで行くもので。

皆好きだし一緒に旅行行けて嬉しかったけど 旅先でも学校の子の悪口とか就職してからのマイナスなこととか国試絶対受かっているような点数なのに落ちてるとか それを言ってる時の顔もなんか井戸端会議してる時のおばさんみたいで眉間に皺寄せて嘲笑って あぁ、これから先も もうずっとこうなんだろうなあって。

トゲトゲした言葉は誰についてでも人に向かって放ったらその人に突き刺さるじゃないですか。そしたらもうお互いハリネズミですよ、ハリネズミ。

でもそれ跳ね返しても相手にまた刺さるからやりたくないし モヤモヤ考えてると自分がこの子たちのどこが好きだったのかとかもわからなくなってきちゃって。

 

多分個々では仲良くても全員共通の話題がないようなグループだったからかもしれないけど、そうだとしても人の悪口が共通の話題なんて最悪じゃんね。

 

気にしなきゃいいことが気になってダメージをモロにくらってしまうのそろそろやめたい。

大切にしていることは人それぞれ違うからしょうがない。多分彼女たちの使う死ねやウザいや消えてほしいは私のそれらよりも1/100くらいの軽さなんだろう。しょうがない。

その分自分は丁寧に言葉を使えるようになればいいし、丁寧な言葉に触れたらまた嬉しくなれる。

ちなみに思うのは自由だと思っていますよ、私だってこんにゃろ〜と思うことはたくさんあるしそれをないがしろにはしたくないので。それを人に伝えるかどうか、伝え方はこれでいいのかを考えられる人になりたいなあと思います。言葉にするのは可視化させることだから思っているだけなら消えちゃうことも言葉にすると良くも悪くも見えてしまいます。

ブログを書くのは思考の整理でもあるし、忘れたくないからってのもあるよね。本当は先週のうきうきるんるんな時に後者のつもりで書きたかったんですけどこんなになっちゃいました。

 

あとご飯残す人がやっぱり苦手。バイキングだったんだぞ、自分の腹具合くらい自分で調整してくれ。はらぐあいぱらぐあい🇵🇾