ねむけにたえる

連続的でシンクロニシティな日常。

少女趣味に拍車をかけろ

 

元来可愛らしいものが好きである。なんでもかんでもかわいい〜!で片付ける日本の女の子たちは批判されがちだけれど、それだけ『可愛い』の懐が深く、その感覚が受け入れられているということではないだろうか。

 

私が好きな可愛いもの。花柄のワンピース、大きな麦わら帽子、クマの靴下、キルティングのスウェット、プリーツの多いスカート、おさげ髪とぱっつん前髪。

どちらかといえばカントリー寄りだと思う。高いヒールは履かない(履けない)、短いスカートも履かない(履けない)。

そんな中で 自分は少女趣味だな〜と思いつつ、ずっと自分はピンクではないな〜であった。

それは姉の名前に"桃"がつくから家族の中でピンクを持つことは無かったし、学校にいても他にピンクの子が居たからだ。

22年間、ピンクではないな〜うんうん、じゃあ何色が好きかな〜、黄色かな〜、黄色可愛い好き、緑も好き。お洋服はガツンと原色な赤が好きだな〜、喧嘩しないグレーや生成りもやっぱり綺麗だな〜素材が生きるな〜、なんて様々な色に囲まれて考えていたけれど、白状しよう。

 

ピンクが好き〜!!

 

薄々気づいてました!ツイッターのアイコン!アカウント2つあるけど両方超ピンク!

最近買ってるお洋服!ピンク!ピンク!お財布!ピンク!私の好きなアイドル!あーりん!ピンク!!

 

やっちまってるな〜、ごりごりにピンク好きじゃんか〜。桜に唆されてるなとか思ってたけど超前からじゃ〜ん。

好きなもの好きなように身につけろって話なんですけどね、疑って来なかったものはそのままになってしまうものなのですよ。

だからこういうのはなんのかんの大切なのです。わかる?

本を読もうとしても入り口が狭くて西加奈子ばかり読んでいたから、最近すぐ自分に自分でわかる?って聞いてます。彼女は大切な人や大切にしたい人に対して、重要な場面でかなりの確率で"わかる?"って聞きますよね。

大切な人、大切にしたい人にどんな風に伝わってるか伝えられてるかって実はちゃんと確認するべきなのかもしれません。わかっちゃいるけどできないからセルフわかる?を練習中です。

 

あなたは思ったよりピンクが好きらしいよ、わかる?

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コンビニエンスを遠ざける

半端なところに住んでるせいで最寄駅と言い張ってる駅がびっくりする程たくさんあります。

去年の秋口に各最寄駅に自転車を忘れてくるのを2回やったところで、自転車に乗るのを諦めた(こっぴどく叱られたので)私は半年くらいチャリ無し生活をしていたわけだけど、この度使わなくなった自転車をいただけることになりまして ブンブン乗り回している次第であります。

高校生の時は片道10キロくらい漕いで通学してたし、当たり前のように埼玉まで映画見に行ったりしてたんだけど、久しぶりに乗ったら内腿のセルライトが刺激されて い、痛い!

あんなに苦手だった(乗り方がわからない・酔う)バスにばかり頼っていたら確実に身体が鈍っておりました。

どこまでも行ける気がしてたし、本当にどこまでも行けてたんだよなあ。

 

春になっても 相変わらずシンクロニシティな人生で、昨日行くはずだったのを今日にしたとか13:30からの予約が13:40からになったとか、なんかそういうの、そういうのの連続で。むしろそうじゃなければ既に違うってことなんじゃないかなとも思うくらい。偶然の一致ばかり引き起こしてきてる私だからこそ、時間だけが過ぎていくのはもったいないよねえ、動かなきゃ。能動的に。いざ。

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ゆるやかでおだやかな

仕事終わりや休みの日、別にお腹が減ってるわけでなくても外食したくなるのは何故か考えた。

多分サービスを提供されたいからである。あと脱水。

私の仕事は一種サービス業だと思うので、身体的にも精神的にもこちらが何かをしてさしあげることが多い。それが嫌とかそういう話ではないんだけど。

仕事終わりは脱水で塩分も水分も足りてなくてとにかくしょっぱいものが食べたくなるし、休みの日はせっかくのお休みなのに!もったいない!となり、むりくり外に出てはどっかしら入ってしまう。

それだけ日々の暮らしの中心が仕事になってしまっていることに愕然とした。悲しい。

そういう仕事なんだからしょうがないのに、それと同等のものを他サービスに求めていたらそりゃそうなりますよね〜。出費出費出費。

自分の財力に見合った出費でないことに気づいてとどまれないものか。そこでまた気づくのが外食が自分にとって労いやご褒美であること。そうしなきゃやってられないってなかなかやばいのでは?

歌うように踊るように働いてるつもりでいたけど、それを凌駕するキツさってことだ。ケアが必要。私自身の。メンテナンス。

 

3月は予定つめこまないようにしてたら、相変わらず外食したい気持ちはあるけど家でご飯作って食べることも増えた。春ぶりくらいのお弁当持参率です。穏やかに過ごせてていいなと思う反面、これはゆるやかな抑うつなのではとも思う。

なにかが満たされるとまた違うなにかが気になってしまいがちで、自分で望んで予定つめこんでないのに寝る前にそもそも友達少ないなとか寂しいっちゃ寂しいなとか誰かに会いたいけど誰にも会いたくないなとか怖くなっちゃったりすることもある。こういう状況に任せるみたいなことができないのが私の弱さなんだろうな。セルフ脅し。

 

まてよまてよ。心が穏やか〜とか言いながら思い返せば私はこの数週間で肌はボロボロになったし毛先を金髪にしてたし人にも会いたくなかったし仕事中に悔しくて泣いたりもしてた。どこが穏やかやね〜ん。春に騙されすぎだろ〜。波うってるや〜ん。

となりに森山未来、いてほしい。

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ゆるがない幸せがただ欲しいのです

zepp東京が嫌いだ。

遠い、電車賃高い、微妙な広さ、そこそこ売れてきたみたいな段階でどんなもんじゃいみたいな斜に構えた人が多い、心なしかビールまずい、いやまずい

もろもろ偏見ですが、好きじゃない。

 

自分の生活愛好家として、今日は本当に良い日で、朝母の隣で目が覚めて、りりちゃんにあんドーナツ買ってきたよってあんドーナツもらって、外に出たらすごくあたたかくて、バス停まで一緒にお散歩して、小さい頃みたいにこの花は〇〇、この花は〇〇って色々説明されて、私はまともに覚えられなくて、自分ちついて、キッチンの戸棚でひげを伸ばしすぎたニンジンやじゃがいも(じゃがいものソレはさながらもやしだった)を一気に片して、みりんと醤油とお砂糖の匂いに包まれて、作ったいももち食べながら、家中の掛け布団とか敷き物とか洗濯して、掃除して、この前買ったミモザアヲハタの瓶に生けて、彼から贈り物が届いて、そう、すごく良い日で。

夕方くらいから風も強くなってきて、はて、今日私はこれから本当にzeppに行かなきゃなのか?という気持ちになった。

どんなに考えないようにしてもandymoriを最後にライブハウスでみたのはzepp東京だ。zeppに行くんだ、と思った瞬間心がざわついた。そうか今日一日このことを考えないように生活していたのか。

会場について、いつからバンドTシャツ着てライブに来なくなったんだかなあとか考えて、やっぱり遅れる開演時間を4年前のzeppに想いを馳せながら過ごした。

去年タバコをやめてから彼の声はどんどん良くなっていて、一曲目寛のベースに小山田壮平の声がのった瞬間、気持ちよすぎてすんごい悔しかった。なんなんだよってなった。

2017年はチケットとれなくて、ALはおよそ2年ぶりだったんだけど、その頃の印象は主張のぶつかり合いというか、壮平知之で歌ってる時、どっちかがコーラスなはずなんだけどコーラスじゃないというか、主張のぶつかり合いというか、合わせることをあまりしないからコレジャナイ感がある曲もあって。寛のコーラス聴いてほっとしたりして笑

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(というツイートをわざわざ探しました。これも暇のなせる技です)

だったんだけど、コーラスがすごくうまくなっていて、バンドとしてまとまっていってるんだなあと思った。

nowplayingあんまり聴けてなかったけど聴こうっと〜。

 

タイトルは開演前にかかっていたくるりの春風からです。

その輪から見える世界は

仕事をしている時の自分は努めてかわいくいようとしている。それは社会人としては不純で不適切かもしれないけど、今の私的には正解だ。なんてったってプリキュアになりたいからね。

 

最近よくオッケー?っていうんですけど、オッケー?っていうと、どんな人でも大体オッケーって返してくれるし、オッケー👌のわっかを覗き込むようにすると大体の人がポーズ付きで返してくれる。みんなかわいい。覗き込んだ穴からみえる表情はいつも柔らかくて愛おしい。アイコンタクトってとても大事。ちなみにダブルでやってもちょーかわいいよ。みんなパンダ。みんな仮面ライダー

 

ふざけてるようにしか見えないかもしれないけど、忙しさに任せてこちら主体で物事を進めてしまうことがよくある。そんな中でオッケーは手軽なYESサインだから自分の中でのブームが終わるまでは乱用していきたい。

 

 

ラジオから春先小紅と365歩のマーチが聴こえてきて春だなぁという気持ちです。

 

下書きに放置してたやつですけど、昨日で退職された先輩からいただいた手紙に 『いつも患者さんに愛されている(私)さん』と書いてあってガッツポーズでした...!

写真はプリンと豆苗。

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小松菜と厚揚げの炊いたん

父方は兵庫は明石で、父は酔っ払った時しか関西弁が出ない人だったからそんなに馴染みはないけど 明石のおばあちゃん(そう呼んでいた)はバリバリの播州弁を喋る人だった。

おじいちゃんが亡くなってから一時期一緒に住んでて、猫(地蔵と大仏)も連れてきて、あんまり良い思い出ないから記憶から飛んでるしおばあちゃんに対しても良いイメージがないから 思い出そうとすると苦しくなるだけだけど、炊いたんという表現だけが彼女から受け継いだものとして今でも残っている。

炊いたん。て可愛くないですか。青菜と厚揚げとか油揚げとか煮たのをよくやるんですけど、必ず炊いたんって呼ぶようにしています。根付いてるわけではなく意図的に。

 

「りりちゃん、食べー。こんなんしか出来んけどな。小松菜さん炊いたん。」

 

あれ、高校生の時だと思うけど、スペシャ観たくてパパんち行った時。いろいろあったな、そりゃいろいろあるか。

なんでこれ思い出したかっていうと、西加奈子ごはんぐるりを読んだからです。「ほうれんそうのおしたし」おひたしじゃないんだ!おしたし!おしたし!

活字のごはん、という章がいくつかに分かれてあるんだけど、たとえば「バタァ」とか「底に種が沈んでいる、甘いレモネードと、タフィー」とか美味しいものを補完するのに活字は絶大な効果を表すの。相乗効果なんてもんじゃないね。

学生の頃の一時期、呪われたようにお弁当を作っていて、一種お弁当ハイだったわけだけど、作ったおかずひとつひとつに自分の中で名前があった。甘辛からあげねぎだくとかブロッコリーとシーフードの卵白炒めとか小松菜と厚揚げの炊いたんとか。

当時からごはんを形容する言葉の美しさをわかってたんだな。えらい。

 

先日、越してきてはじめて廊下(と言えるほどの長さはない)の蛍光灯が切れて、私この家で生活してるんだった となり、生活しなおす気になりまして ちょこちょこごはんを作ったりとか豆苗育てたりとか読書をしたりして家で過ごすようにしています。こういうタイミングはいつ来るかわからないものですね。自分の生活を愛おしく思えますように。

写真は今朝のごはんです。f:id:lilyca:20180311191411j:image

無限ナン無限カレー

キャリアをソフトバンクからuqに変えたら大切な大切なメモ帳が消えた。私の綴る媒体やばいランキングは手帳、メモ帳、ブログの順な訳ですが、メモ帳はネットバンキングの番号とかも書いてたからそういうとこも含めてダメージがでかい。メモ帳まで気が回らなかったよ〜。

 

 

大切なものが増えるたびに喪失体験も増えていく。地元の好きだったカレー屋が潰れていた。

しかも2軒。

いつも空いていて、もったりドロドロのサグが好きでよく行っていたけど、たまに友達を連れて行くとすぐに店中に煙が充満して人が入っても捌けない店だろうなと思っていた。だんだんお店のお兄さん笑わなくなってたもんな。切ない。最初の頃は目があう度に「オィシイデスカ?」と聞いてくれた。

もう一軒はあやしいカレー屋で一時期うちの学校の学生限定でりりかlove割という意味のわからない割引をしてくれていた。誰も利用してなかったけど。

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やばめの店長。

 

 将来はなんかお店やりたいな〜。オリジナルグラスとかつくんの。そっちが本題。ははは〜

おやすみなさい。

 

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