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ねむけにたえる

連続的でシンクロニシティな日常。

偉そうに泣かないで

 

ライブ中に泣いている客を観て、演者はどう思っているんだろう。

 

自分の歌を聴いて心が動いていることに嬉しく思うのか、感傷中毒者が自分の曲を利用してセンチメンタルに浸るのを冷めた目で見ているのか、はたまた分かったつもりになってんじゃねえぞと怒っているのか。

 

古舘くんの『Under North Swamp』では『センチメンタルなお客に流れ弾』だし、andymoriの『すごい速さ』では『そのセンチメンタルはいつかお前の身を滅ぼすのかもしれないよ 感傷中毒の患者禁断症状映画館へ走る』だし、タイトルの『偉そうに泣かないで』はkojipullさんの『どちらかと言えば幸せになりたい』から。

 

最近よく聴く曲が全部チクチクと刺してくる感じ。(私は音楽でボロボロ泣くタイプなので)

共感て恐ろしくおこがましいですよね。

 

本物はあなた、私は偽物。

この1ヶ月くらい本当ばらばらのこの歌詞がぐるぐるしている。これから先もしやずっとなのでは。

 

 

例えば、自分の声が出なくなった時、何かしらの外科的処置をしなければ延命が難しい時、このままの状況が続くのならいっそ死んでしまいたい と思う人はいると思うんですよね。というか何かきっかけがなくてもそう思う人はきっと居て。

それが諦めなのか、それとも今までの人生に納得した上での答えなのかは 人によって違うだろうし、それを決めるのは周りの人間じゃなくてその人だよ。

私は消えてしまいたいと思うことはあっても、死にたいと思ったことは今のところ無いので本当にそういう気持ちがあるのか実感としてはわかりませんが、絶対存在するものだよなあ。

前者にしても後者にしても、死んでしまいたいという思いは本当にその人の中に溢れたものだと思うのでないがしろにしたくない。自分の声が出なくていい人なんていない、死にたいなんて本当に思っている人なんていないと言われたけどそれはちょっと違うんじゃないかなぁと思うんです。

死にたいという気持ちの奥を見ろってことなのはわかるけども。

本物はあなた、私は偽物。偽物なりに考えて寄り添える人になりたいですね。