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ねむけにたえる

連続的でシンクロニシティな日常。

ひまわり畑の調子はどうだい

andymoriの曲の中でクレイジークレイマーが私にとってとても大切な曲で。

ヒロ企画には行ったことが無かったけど、どういう企画なのかクレイジークレイマーがヒロさんの為の曲であることは知っていて、今回出演が発表された時に行くと決めるのには勇気が必要だった。

だって絶対クレイジークレイマーやるじゃん。

3月にandymori nightという企画があって、LIVE DVDを流したりDJや弾き語りでandymoriの曲を流すというものだったんだけど、まずLIVE DVDがプロジェクターで映し出されてる時点でandymoriは終わったものだと痛感させられて泣いたしクレイジークレイマーなんてもう号泣だった。(楽しいイベントのはずなのに気持ち悪くてすみません)

むしろラストライブ以降クレイジークレイマーをヒロ企画以外でやることはなくてそれをDJイベントで聴いてしまったのもなんか悔しかった。

 

今年に入ってALとして2本、ソロで3本の小山田壮平のライブに行って andymoriではない小山田壮平に慣れていることにTwitterのフォロワーの人がALも弾き語りも全然ピンと来なかったって言ってるのをみて気が付いた。

その感覚がずっとあったはずだし、今もあるんだけどな。

危うい人だからいつ観れなくなるかもわからないと思うと行けるライブは行きたくて気がついたら今年だけで5本も観ていた。

いろいろ思うところはあって、行くつもりは無かったんだけどSEBASTIAN Xの出演が決まり、どうしても見たいと学校が終わってから下北沢まで走って当日券の本来無かったはずの最後の一枚を手に入れて 小山田壮平に対してはあまり心の準備が出来てないまま会場についていた。

(ちなみに走った時にクレジットカード兼キャッシュカード兼Suicaを紛失致しました。カード会社との手続きを終えて19時くらいにようやく入れたらドア開けて目の前に小山田壮平いるし何回か隣でライブを観る機会がありよくわからない気持ちになりました。笹口騒音ハーモニカの皆歌えんの!?みたいなくだりの時、隣でめっちゃいい声で歌ってるもんだから隣ばっか見てました。)

 

SEBASTIAN Xについてはまた別に書くね。

でもおセバで胸がいっぱいになってしまったことも関係してくるから切り離せないけどね。

一曲目からクレイジークレイマー。始まる前はクレイジークレイマー聴いたら恐ろしいほど泣くんじゃないかと思っていたけど全然そんなことなかった。andymoriが大好きだし、小山田壮平のソロの曲も好きだけど すんっと引くような感覚があって、久しぶりにやっぱり私は小山田壮平じゃなくてandymoriが好きだったんだなとわかった。

クレイジークレイマーはandymoriの曲だなぁ。

というかこの時間にこんなブログ書いてる気持ちがわかるかい?

クレイジークレイマー / andymori - YouTube

ねむけにたえられない

仮にも受験生ってやつをしている私は、家で出来ない分学校でやろうと先生に提出したスケジュール表には7:15〜18:50まで学校に居て勉強します と書いた。が、実際は6:00のアラームをすぐさま止めそのまま布団でぬくぬく過ごし7:15からのごちそうさんをみて7:30にようやくそろそろ動かなくては...?と布団から出る。ここからシャワーだとお弁当も化粧も間に合わない。そういえば高校生の頃のこの時期はどうにか朝学校に行くので必死だった。25分に生徒昇降口がしまり、30分に下駄箱と校舎をつなぐ廊下が朝学習が終わる時間まで締め出されるので、寒い下駄箱で足を真っ赤にしながら(当時靴下が鬼短かった)生活指導の先生とヤンキーと一緒に扉が開くのを待っていた。

人間も冬眠できたらいいのにね。

 

 

先日武蔵野館で映画を観てきました。

 

最後の方のシーンで女子高生の格好をした色んな年齢の女性たちが走っているシーンがあるんだけど、それをみて正直あぁこういう感じかと思ってしまった。女子高生は女子高生でいてほしかった気持ちというか、結局女でまとめてしまう感じが気に食わなくてもやもや。

あの演出に共感する人もいれば、私みたいにしっくり来なかった人もいると思うんだけど そういうとっかかりを作ってくれる映画だなあとも思いました。

映画を観てからとっかかりとして確実に自分の中にあってその中で二つのことがそのとっかかりに引っかかりました。多分映画の内容うんぬんとは関係ないけれど。

一つは星野源のばらばら。

ばらばらは星野源の曲の中でもとても好きな曲の一つなんだけど、もうこの曲が真理だなというか。

『本物はあなた わたしは偽物』

私の中にいる『貴方』は大切な人だったり許せない人だったりすると思うんですけど、あくまでも私の中の『貴方』になってしまうじゃないですか。この感覚が持てるか持てないかで世界は一変するよなあ。

 

もう一つはごちそうさんの和枝さん。

和枝さんは主人公のめ以子ちゃんの旦那悠太郎さんのお姉さんなんだけど、め以子ちゃんが憎たらしくてしょうがなくて、でもイケズにもめげずにがんばってるめ以子ちゃんをみて憎んだらあかんと思おうとするけどやっぱり無理で、結局家を出ていくのですが、ドラマって基本的に綺麗にまとまることが多いのに そうか許せないまま憎んだまま立ち去るのもいいんだなと思えたところで より一層好きなドラマになりました。

相手を完全に許すことや理解することは無理に近いから、隣り合うことを認められたら良いのだな。

ということで結局のところ『アズミハルコは行方不明』に考えさせられている。観に行ってよかったと思うし、もう一回みたい。次でまた印象が変わるかもしれないし、やっぱり気に食わないなで終わるかもしれないけどその気持ちにまた出逢いたい。

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モテたいモテたい女子力ピンクと

ゆめゆめかわいいピンク色がどうして一緒じゃないのよ あーあ

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 写真は縷縷夢兎🐰

 

不順があって5月くらいから飲み続けていたピルを自己判断でやめて(ノンコンプライアンス)久しぶりに自家製の女性ホルモンを体感していてとても辛い。眠いしお腹減るしイライラするし肌は荒れるし甘いものが食べたいし浮腫む。

 

感情が科学的なもので証明出来てしまうことにも落ち込む。私のトキメキや高揚やおセンチな気持ちはすべてホルモンによって操られているのだ。

いきものってすごいよなあ。よく出来ているなあ。

 

この一週間がとにかく振り回されていてもうめちゃくちゃ食べた。昨日なんてティンカーベルのたまごパンとティムタムをカルディで買ってしまう暴挙。むきー!

 

月曜から心清らかに規則正しく生きられますように。朝ちゃんと起きますね。

 

 

 

顔面に塗りたくる

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#謎絵
ハタチにもなって化粧が適当すぎてファンデーションなに使ってますか?とか聞かれても
ಠ_ಠ.。oO(私が使ってるあれはファンデーションなんだろか...)
ಠ_ಠ.。oO(そもそもファンデーションて何なんだろか...)
あ、リキッドの上からパウダーで仕上げる感じですかね?とか言われても
ಠ_ಠ.。oO(パウダーのはずだけど固形だからえ、あれファンデーション...?)
*プレストパウダーと言うそうです。

みたいになるのでそろそろちゃんとしたいんですが、昨日マリクワに言ったらリキッドのものだけでも3つ塗られてプラスパウダーでびっくりしました。

販売員のお姉さんは大抵肌汚いから購買意欲超削がれるよね。そして塗りたくられた結果粉々しててちょー汚いので悲しくなる。

 


今の自己流すぎるメイクは眉毛隙間埋めて眉マスカラして、カラーコントロールをほっぺと鼻にぺぺっとしてパウダー塗ってシャドウで鼻を育て、まつげあげてマスカラでまつげ育てアイラインぴゅいんで終了なのですが、これでも多いなと自分では思うんですけどお化粧って大変ですね。

アイシャドウとチークは塗るの好きじゃないからあんまりしないけどちゃんとした化粧できるようになりたい〜。

 

昨日は日中バイトで日にあたりまくってお酒飲んでオールナイトでライブ見て同一体位で9時間爆睡したので肌的には最悪です。

 

 

あざとさにおける美

最近アイドルが自分で自分のこと はい、あざとい♡といいながら自撮りを載せますが、あざといってあくまで 悪どくタチの悪いさまのことだと思うので自分で言ってしまうのは違うというか〜。

私はあざとい子に対してかわいいぞ〜!ムカつくぞ〜!いやでもやっぱかわいいぞ〜!クソ〜!ってなるのが好きで「自分からわかっててやってます♡」なんて毎度宣言されたら興醒めもいいとこなんですわね。

自撮りは一種のセルフプロデュースだから加工してるんでも隠してるんでもそれを書かないで魅せてほしいな。

 

あざといはあくまでも逆説的な褒め言葉であってほしい。

 

画像は私が1番好きなプリキュア

あざとイエロー黄瀬やよいゃん

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ハナミズニオボレル

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腰痛でかかっている整骨院にて、最近耳鳴りがひどいという話をすると今日は自律神経の方やろうか となにやら頭を刺激されたり首に電気流されたりした。終始頭を触られていて水晶玉になった気分だった。

帰ってからは非常に眠く夜までぐっすり。汗だくで起きた。ら、風邪をひいたようで今は鼻水がとまらない。仰向けで寝ると鼻水で溺れそうになる。ついでに部屋にゴキブリがいる気がするので眠れない。つらい。鼻炎の薬のんだ。

 

「ストレス解消法があるといいね」と整骨院の先生に言われたけど、何もしなくていい時間はかえって色んなことを考えてしまうし 音楽とか映画とかは揺さぶられまくるので解消というよりは余計にそれが増えたりもする。お風呂、お風呂ならありかな。ゆっくり浸かろう。でもそれでなにが解決するわけでもないな。

折り合いはつけられてもショックなものはショックだ。場に応じて見合った行動がとれても心はうまくついていけないので肌とか体調とかにばんばん反映される。んで、そうかそんなにショックだったのかぁと自覚させられてまた落ち込む。

そうなってくると、snowや美肌アプリで自撮りをしないと自分の存在を肯定できない。

洋服や髪型も自分でしたいと思ってしてる時以外に人に褒められても ありがとうという気持ちにあまりなれない。

 

自意識と承認欲求でいっぱいだけど本当に認めてほしいのは自分なんだろうなあ。そこがクリアできてはじめて他人だ。

で、自分をクリアして他人に見られたとき家の鏡の中とはどうしても違うので悲しくなる。他人の評価を受け入れるかどうかを決めるのも自分だから結局そこでうまく認められないことも多い。

 

最近よく好きな人いないの?とか そろそろいい人いないの?と言われるんだけど、こんなろくでもないやつにいるわけないじゃないですかァという気持ちになってしまって 半端でも実際に向けられた好意を笑い話にしてしまう。変だよね、とか気持ち悪いよね、とか言ってしまう。

半端な気持ちしか向けられていないのを認めたくない気持ちがつよいから ってのもあるんでしょうね。笑い話にすることで私はどんどん惨めになる。

前に好きだった人に似てるんだろうなぁ

とか

ただ周りに今女の子がいなくて都合よかったんだろうなぁ

とか

適当に依存できそうだと思われてるんだろうなぁ

とか。

本人に聞いた訳じゃないのに、この人私のこと本当は全然好きじゃないよね ってなる。

 

どこまでいっても自分がかわいくて仕方ないね。過保護なDVママが自分の中にいる感じっすね。痩せて鼻とか歯とか治して性格もよくなって勉強もちゃんとしてママ(自分)に認められるようになったら売り込みたいですね。

去年ちょっと痩せた時の調子にのりっぷりから自分でゴーサインが出るといかに自分大好き人間が爆発するかというところです。

何回も言ってるけど自分に厳しいナルシストになりたい。

痩せるところからだなぁ。

 

鼻炎の薬が効かない。もう3時前だよどうするよ。家の前の幼稚園のニワトリが鳴き始めたよ、勘弁してくれよ。鳴き方が下手すぎる...。

春と修羅

先日、共感性羞恥が話題になりましたが、私はそれとは違うけど自分に向けられた言葉でも他人に向けられた言葉でも死ねとか殺すとかブスとかデブとかの罵倒の言葉が苦手で 書いててつらいし見るのもかなりつらいのでSNS最初から向いてないんですけど 笑

 

共感性羞恥はその場面を見ると自分も羞恥を覚えるということでしたが、私の場合は自分も言われてる気分になるのと同時に どうしてそんな重い言葉を易々と言えてしまうのだろうという疑問みたいな。自分自身で発した言葉や感情に対してもつらくなる。

 

この前ニコニコ運営の声明(去年のもの)がTLに流れてきて

http://blog.nicovideo.jp/niconews/ni056194.html

これなんですけど。

そう結局『みんな空気読め』なんですよね。

 

で、こいつ空気読めてないなって思ったら周りの大人は教えてあげよう。ネタってなんだよ、言葉は言葉だよ。

いじわるされたらどんな気持ちかな?(AC)

こんなの小学生が道徳で習うことじゃないですかー。

 

高校生のガキじゃないんだよ、SNSやってる時点で責任を持って発言しなきゃいけない人間なんだよ。世の中には私なんてのと比べ物にならないくらい黒々とした気持ちが渦巻いている人がたくさんいるんだから君の顔も君の学校も本名も飲酒歴も親も住んでる所も元カレもぜーんぶ その小さな炎上で晒されてネットの海に漂って回収できなくなるんだよー。その発端が一回の人を罵倒した発言だったとしたらアホらしすぎませんか?

 

私自身感情ぶちまけの自己顕示欲もりもりでメディアリテラシーも個人情報も充分に配慮した行動ができていないので気をつけなければならないと思っているのですが、もやもやしすぎたので。

好きになれないものを見つけたらわざわざ嫌わなくていいって藤原基央さんも言っていたので。そういうことですね。

そっと離れられずこういうの書いてるわけですけど笑

 

ちなみにタイトルの春と修羅

『あいつをどうやって殺してやろうか

2009年春、土砂降りの夜に

そんなことばかり考えてた』

という歌詞があって最初は苦手だったのですが、最近はストンと落ちまして聴けるようになりました。

殺したいという感情にはなったことがないですが、私の前から消えてくれ とか あわよくば幸せにならないでくれと思うことはあるので 歌はちょっと大袈裟な方が共感できるということですかね。共感はしてないけど、うん。

 

相変わらず圧のある支離滅裂な文ですみません。